絵で見るフライト体験コース
堂平エリアは関東平野の西側に位置する奥武蔵の北端にあり 関東平野を一望にしながらフライトすることができます。 また東風~南風~西風~北風までテイクオフが可能なので四季を通じてフライトが楽しめます。

クラブハウス

クラブハウス
クラブハウスには、受付およびショップがあります。
ログハウスは、会員の憩いの場となっており、多目的に利用されています。
冷暖房、厨房設備、寝具、シャワー、風呂、水洗トイレ、WiFiを完備しています。

アクセスマップ

北緯:35.9946° 東経:139.1856°
マップコード:91547862

基本情報

名称堂平スカイパーク・パラグライダースクール
代表下山 進
郵便番号〒355-0366
住所埼玉県比企郡ときがわ町大野勝負平1251-18
電話/FAX0493-67-1733
携帯電話090-6179-8453(下山 進)
登録団体公益社団法人ハング・パラグライディング連盟
協力Atomパラグライダー手帳

安全運営基本方針

 1.お客様の安全を確保し安心して参加できるサービス提供に努めます。
 2.気象状況の監視と気象情報の取得により必要な避難誘導を適切に行います。
 3.機材の点検を適時適切に行い常に適正な水準を維持します。
 4.救急救命士または救命講習終了者が常駐して救急を要する場合に備えると共に、
   スタッフの教育、安全システムの維持および継続的改善に努めます。
 5.ドクターへリの緊急離着陸場として提供し、一般の救急救命活動に協力します。

個人情報保護方針

 1.個人情報保護法および関連するその他の法令・規範を遵守します。
 2.個人情報はお客様が申し込まれたサービスを提供する目的にのみ使用し、
   次の場合を除きお客様の同意を得ることなく他の目的で第三者に開示しません。
   ・法令に基づく場合
   ・お客様の保護の為に必要であってお客様の同意を得ることが困難な場合
 3.個人情報への不正アクセス、漏えい等の予防に努めると共に、
   スタッフの教育、個人情報保護システムの維持および継続的改善に努めます。
 4.個人情報に関するお問い合わせに誠実かつ迅速に対応します。
 1952/--/-- 4歳頃、すでに大空へ  2016/3/12(sat) 21:35 No16
スカパーの空との関わりと堂平フライトエリア、ハンググライダー、パラグライダーの変遷を保管しておいた資料や写真でまとめてみました。

4歳の頃から模型飛行機店をやっていた影響からかすでに模型飛行機のエンジンを始動していたらしい。当時の米軍(進駐軍)の何かの雑誌に紹介された時の写真らしいです。

 1963/--/-- 自家用機の操縦練習  2016/3/12(sat) 21:38 No17
高校2年頃から飛行機の操縦練習を桶川のホンダエアーポートで始める。
練習費用が当時の金額で1時間7.500円(大卒初任給1万円前後位の時)でしたので1回の練習時間は10分、20分程度で飛行回数を重ねていた。ちなみにホンダエアーポートの会員No201でした。当然ながらアルバイトで稼いだ貯金はなくなり積立していた修学旅行の旅行代金まで注ぎ込んでしまう。飛行時間7時間程で単独フライトの許可が出たが貯金が底をつき続行不可となってしまった。
写真は当時の練習機体パイパーチェロキーである。

 1967/--/-- 実機の夢を模型飛行機で  2016/3/12(sat) 21:41 No18
練習していたパイパーチェロキーのラジコン機を製作した時の写真。

 1975/11/-- ハンググライダー練習開始  2016/3/9(wed) 15:47 No1
1974年マイクハーカーがハンググライダーで富士山からフライト
1975年現ファルホークの岡さんが同じく富士山からのフライトをみてハンググライダーの自作を開始。当時ハングフライトの練習場になりつつあった長野県の菅平高原スキー場に通い始めるようになる。
当時はHGスクールなどなく飛ぶことに夢見る若者が集まり各自でああだ,こうだと情報交換しながら冒険飛行をしているようなものだった。
1976年ホームエリアの欲求が高まり毎週埼玉県内の飛べそうな山をくまなく走り回り都幾川村の堂平山にテイクオフとランディング場を確保することが出来た。
以降40年の堂平フライトエリアの変遷とHG/PGフライトを写真等で記憶をたどりながら整理してみました。現在のランディング場周辺の杉、檜の立木は40年前はまだ苗木でしたね。

菅平での初フライト     当時の情報誌どじがらすNo5の掲載記事

 1976/--/-- 菅平高原スキー場  2016/3/10(thu) 13:45 No2
週末には10-20人くらいのHGフライヤーが集結して練習をしていた。
この頃のHGのL/Dは4位の性能しかなくスキー場のゲレンデ斜面に沿ってのフライトでした。

 1977/--/-- 石打後楽園スキー場での大会  2016/3/10(thu) 13:58 No3
当時の最新鋭のハンググライダー、ファルホークGK-3で参加。
L/D5位ではなかったかと思う。
機体の性能向上は目覚ましく毎年、あるいは2年毎に機体を購入しないとならないような状況であった。

 1978/--/-- 堂平剣ヶ峰テイクオフと駐車場  2016/3/10(thu) 14:07 No4
当時のテイクオフは植林された苗木の間を走って出られました。電柱、電線も道路脇にありました。駐車場と言っても舗装などされておらず泥の空地でした。
当時のハンググライダーは一般には認知されていませんのでセットアップすると見物人がすごかったですね。

 1979/07/10 第3回鳥人間コンテスト参加  2016/3/10(thu) 14:49 No5
1977年から始まった鳥人間コンテストに参加。
1年前に参加募集があり第3回には確か3200名の応募があったようでした。
先ず書類審査(設計図)があり120名に絞られ参加承諾され製作に取り掛かる事となる。当日実際に飛べるのは80-100機程度になる。
当日の機体審査で危険な機体と判断された場合は飛行許可されなかった。許可されてもプラットホームに運搬するあいだに壊れる機体もある。一番気の毒なのはプラットホームを登る途中で壊れると引き返せないので途中から琵琶湖に投げ捨てられることになる。私の前の参加者ではプラットホームの上に登ってから危険な機体と判断され飛ぶ事無く10mの高さから琵琶湖に捨てられてしまった。
私の機体は自作の固定翼でした。なんと完成したのは当日。CGの調整出来ぬままぶっつけ本番のフライトとなってしまった。CG調整ポイントを10か所設けていたが感を頼りにエイ、ヤーとセットし完璧なテイクオフ。迫り来る水面を凝視し3m位でコントロールバーを押し出しピッチアップさせようとしたが上がらずそのまま ドボン~~
当初のCGポイントより5cm前にずらしたのがやはりいけなかったが後の祭りとなる。この時の見事な水面への激突写真が後に思わぬ事になる。

 1979/10/-- ラジカセのパンフレットに採用された  2016/3/13(sun) 14:05 No20
第3回鳥人間コンテストの時、勤務先本社の広告宣伝部がアクティブな写真を求め撮影取材に来場していた。
その時撮影した写真の中から選考され参加者本人に承諾を取りたいと読売テレビに問い合わせしたところ、なんと自社工場に勤務していることが判明。早々に掲載承諾の連絡がきたので「どうぞ使って下さい」と言う事になった。
その時の写真が水面に激突した瞬間の写真でした。
2秒前まではリンドバーグの気分のタイトルでラジカセのパンフの中央に、週刊少年チャンピオンの裏表紙一面に掲載された。他に当時テレビの人気番組に「ビックリ日本新記録」と言って毎週あらゆる事にチャレンジして競う番組があり番組開始直後のタイトルに使われ1年間琵琶湖に激突する様子が放映される事となった。
よほど落ち方が良かったのかな?

 1980/05/-- 堂平南エリアランディング場  2016/3/10(thu) 15:02 No6
現在南ランディング場の周囲は10-15mの杉、檜の植林地帯となっているが1980年頃はまだ苗木が低く山肌が見えており進入アプロ―チは楽でした。
東側からの進入は山肌の何処にも降ろせそうな斜面でしょ。30数年の年月を感じます。真ん中の写真はスカパーがC斜面の下側を狙って東側現在の道脇の駐車場上空からアプローチしているところです。この頃は皆20歳代の若者(当時は空に魅せられたバカ者)でしたね。
パラグライダーが一般化した現在よりも間違いなくロマンがあった。

 1980/06/-- 当時の愛機  2016/3/26(sat) 20:41 No75
カーブチップを採用しノーズ角120度の最新鋭機 MADOKA(円)で飛行中のスカパーです。セールカラーは勿論オーダーに黒地に白の抜き文字。
オーダー料掛かっている分目立ちました。

 1980/07/-- 第4回鳥人間コンテストに向けて  2016/3/13(sun) 13:36 No19
第4回鳥人間コンテストに向けてテイクオフ時に持ち上げた時のホールド性、重心位置の調整をしている時の写真。
第4回の時はテイクオフ完璧、滑空に入れた状態も良し、水面を凝視し3mからのピッチアップも完璧、後はこのままどこまで行けるかと思いきや右旋回に入りだしなんと着水するまでに90度右方向にずれてしまった。
左右の翼を繋いでいるワイヤーがずれて翼に捻じれが発生してしまったのだった。
中型トラックをレンタルしての参加費用も大変なので次回以降の参加は断念する事に。

 1981/05/-- 南ランディング場で安全祈願  2016/3/12(sat) 14:49 No14
一時期ランディング場から西尾根に伐採木材の搬出用ワイヤーが張られていたのが取れてフライト再開出来るようになったのとハンググライダーの仲間が増えたのを期に安全祈願を執り行った。

 1983/12/-- 東側ランディング全景  2016/3/12(sat) 15:02 No15
西側から見た東側ランディング全景
中央にあった地主さんの小屋の屋根に見事にハンググライダーでスポットランディングしたのは誰でしょう?
機体をどうやって降ろそうか悩みました。

 1984/--/-- 超軽量動力機トライクで飛行  2016/3/13(sun) 14:22 No21
ハンググライダーのみに飽き足らず荒川、利根川河川敷を利用してトライクでの飛行も開始。
無許可で飛んでいる人が多かったですが正式に航空局に第11条、28条、79条の許可申請をしての飛行です。
一度ですが堂平上空をフライトしたこともありました。

 1985/--/-- 剣ヶ峰テイクオフと天文台  2016/3/13(sun) 14:39 No23
剣ヶ峰テイクオフに設置されていたランチャーです。幅90cm長さ5.4mベニヤを縦に3枚分です。
上空より見た駐車場と当時の堂平山天文台の写真です。
現在天文台で残っているのは観測ドームだけですね。

 1985/3/24 ハングで明覚駅前の畑に  2016/3/13(sun) 14:30 No22
ハンググライダーで初めてエリア外にクロカンフライトした時の写真です。
剣ヶ峰上空、ショップ上空、田中交差点上空の写真ですが現在との違いが判りますか?
西エリアの下テイクオフにはまだ天文台の観測建物がショップ上空写真にはショップもテイクオフもログハウスもありません。

 1989/06/-- 木島平、信濃平でパラグライダー  2016/3/13(sun) 15:32 No24
パラグライダーが日本に入って来て2-3年位だったと思うがこんなんで飛んでも??
といった代物からそこそこ飛ぶグライダーに発展して来たところでファルホークの木島平に遊びに行き当時の校長の松岡さんに手ほどきをして頂いた。一通りの取り扱いの仕方を教わりでは講習バーンへと思いきやグライダーを渡され「どうぞ飛んできて」???仕方なく体験講習バーンで体験フライトを見学。「ふむふむ、ああして、こうして」ライズアップして走るのか―。と納得したところへ松岡氏じゃー飛びに行こうとスキー場最上段に連れて行かれてハングやってた人は「操作は飛べば解るよ」と一言。当時のパラは四角いパラシュートみたいな物だったので落ちるなどとは考えもしなかった。その気になってエイヤーとテイクオフ、飛びながらなーるほどこうすれば左右旋回するんだ―とスカパーのパラグライダーでの初フライトが終了。
後日、信濃平でモーターパラにも挑戦。当時のユニットは40kgもありめちゃくちゃに重かった。パワーがあったのでテイクオフは簡単に出来るものの着陸はしんどいものでした。失敗すればユニットの下敷きとても一人では起き上がれません。
パラグライダーとの出会い、スタートになりました。
写真はモーターユニット、プロパルサーと堂平南エリアでのランディング進入時

 1990/01/-- 堂平でパラグライダースクール開校  2016/3/13(sun) 15:49 No25
もともとはハンググライダーエリアであったがパラグライダーブームで愛好者が急増しはじめたのと堂平でもパラで飛べるとの事でスクールを開校。
会社員と週末はパラスクールの二足の草鞋を履く事となる。
週末ともなると朝には体験希望者が20-30人の行列。
バブル期とも重なり大変な賑わいとなる。テイクオフするにも20人位の順番待ち、失敗すれば最後列に並び直し。今では信じられない光景でした。
それもバブルの終焉と共に激減の一途を辿る事に。

 1992/--/-- パラテックのアンディ来校  2016/3/13(sun) 16:05 No26
パラテックのデザイナー アンディヘディガーが来校してくれた。翼も薄けりゃ、若いのに頭も薄い
当時の最新鋭機カミソリの翼と恐れられた超薄翼のコンペ機 P4にスカパーとイントラの佐藤君が乗っていた為の表敬訪問となった次第。今から考えるとよくもあんなグライダーに平気で乗っていたもんだ。
今じゃ怖くて

 1993/06/28 スイスフライトSIVトレーニングツアー  2016/3/17(thu) 14:22 No45
スイスベッケンリッドでのフライト
標高差は1600mロープウェイでテイクオフへ眼前に広がる湖に向かってのフライトです。スイスにはこのような素晴らしいエリアが多くあり何処に行っても観光写真に見られる景色の中をフライトする事が出来るのです。日本のフライトエリアとは雲泥の差がありました。フライト後は湖畔のカフェテリアで飲むコーヒーは格別です。
驚きはテイクオフの前をスイス空軍のジェット戦闘機が通過した事。ビックリです。
食事は言われていた通り不味い。カップラーメンやインスタント味噌汁持っていって良かった~~でした。
ここベッケンリッドでは当時はまだ一般的には行われていなかったSIV、マヌーバートレーニングとレスキューパラシュートの開傘を行いました。
普通は着水直後にモーターボートが即刻救助に来るはずが来ない。?
湖岸を見るとボートが接岸されたまま、救助スタッフが走り回っている?
モーターボートがガス欠していたのだった。私は40分もの間、浮袋と化したキャノピーにしがみつき救助を待つ事となってしまった。
着水後、ハーネスの背中が浮袋となって亀さんになることを想定して全てのファスナーを開放してすぐに水が入るようにしていたにも関わらず着水後は下を向いたり、上を向いたりクルクル回ってしまい水中に漂うラインが体中に巻き付き非常に危険な状況になった。足首に巻き付いたラインはブーツを脱がないと絶対に外せない事等、着水後の危険な状況と注意事項を後にJHF安全性委員会で活かせる事となった。

 1993/07/01 エーゲンナルプエリア  2016/3/17(thu) 14:58 No46
エリアに近ずく車から見えたのは両側が700m近い垂直の壁の谷合の中でフライトしている光景であった。ランディング場に到着してからしばらく間見学しているとスクール生徒も飛んでいる様子、誘導もしている。以外にエアーは穏やかそうで一安心。ロープウェイでテイクオフへそこはスキー場の穏やかなスロープのゲレンデででした。このスロープからテイクオフし右に旋回するとあの垂直な絶壁が目に飛び込んできた。まじかに見る絶壁に背筋がぞーとした。最初は近かくに寄れなかったが風も穏やかなので恐る恐る様子を見ながら徐々に寄せていく、寄せると上がる。慣れるにしたがって壁から10m位まで寄せてのソアリング、スリル満点のフライトでした。谷の奥には氷河が、谷の入り口には田園風景が見える。なんともギャップの大きいエリアだ。高度が300m位に落ちたところで早めにランディング場上空に行きアプローチしているグライダーを上空より観察し同じコースを辿ってランディングした。

写真右端の建物前がテイクオフ   対面のテーブル状の山頂は平らな牧場だ
7月なのに奥に氷河が見える    ここに降りると帰れなくなるのだ
                 再度テイクオフして戻るしか無い
                 

 1995/08/-- 韓国フライトツアー  2016/3/17(thu) 15:41 No47
韓国中央部にあるチョナンのエリア
テイクオフ左後方にあるインディペンデンスセンターの後のタワー。
ここで落ちたら串刺しだ―と思いつつ真上をソアリング
ランディングは山に登る道路に降りる。
飛べそうなところがあれば草刈りしてテイクオフ。
ランディングは適当に降りられそうな所、この辺に降りててな具合。
ソンナム(城南)で飛んだ時は城壁の脇の斜面から、ランディングは?
飛んでいくと下に見えるよ?
飛んでみるとそれらしいランディングが無い。20m位の砂防ダムの上に小さな空地、傍には国旗掲揚するような高いポールが3本。この空地しか無いじゃないか。
仕方なく谷側からスポットラン、降りるとグライダー1機分の畳むスペース
まー無事に降りられて良かった。勿論同行メンバーには「飛ぶなー」の無線指示。
冗談じゃないこれが降りる場所と言えるか???
私の後に韓国フライヤーが5名飛んで来た。が全員山の中の花となった。
てな具合で何事も韓国式の洗礼を受けたツアーでした。
20年前の事です。
三枚目の写真は翌年に行った某エリアでなんと軍の基地内のエリアで練習用のゲレンデと高高度テイクオフが2か所あります。軍でパラグライダー訓練をしているのかも?
これ以上詳しい内容は機密事項なので書けません。

 1999/12/-- 西エリア開拓のため現地調査  2016/3/13(sun) 16:15 No27
ハングでも西側エリアを飛んでいたのでパラ用にランディングの確保に候補地を調査。
写真中央の小山の中段に造成することに。これより堂平山西エリアの開拓が始まる。

 2000/01/01 堂平スカイパーク再出発  2016/3/13(sun) 16:34 No28
2000年1月1日より堂平スカイパークパラグライダースクールとして再出発となる。
1月から伐採始めた上段テイクオフ、2月に雑木林を切り開き終わった時の写真で切り株の抜根はまだされていない。
3月には下段のテイクオフまでの伐採が進んだ時の写真です。
パイロット、スクール生からは早く、早く、飛びたいよ~~~の切なる声が聞こえてきた時期です。


 2000/07/10 石垣島フライトツアー  2016/3/28(mon) 13:31 No78
明石エリアが強風で飛べず伊原間の牧場脇の丘陵地でのフライト。
海風が安定して入るのでリッジソアリングで楽しむ。

 2000/08/01 芝が生育して青々となりました。  2016/3/13(sun) 16:44 No29
大型トラック1台に満載された芝を皆で貼り半年。綺麗に育ちました。
テイクオフはある程度整備されたもののまだランディングが出来ていません。
ランディング場予定地内の杉、檜の伐採は進んでいますが重機が無いと仕事が進みません。
8月5日にユンボを入れ造成開始です。

 2000/08/05 ユンボ到着  2016/3/13(sun) 16:53 No30
大型トレーラーに乗せられたユンボが到着しました。
重量的にも、大きさ的にもトレーラーのままエリア登り口までは入れず、白石バス停にて下車。
ここからトコトコ走り、先ずは登り道路から造成開始です。

 2000/08/31 鋭意造成中  2016/3/13(sun) 17:35 No31
ユンボ導入して1ケ月伐採した樹木のかたずけや抜根しながらの造成工事ですが真夏の炎天下厳しい作業の連続です。岩盤にでも当たればもう大変、このユンボでも中々手強いです。
この写真の場所分かりますか?そう西ラン中央部付近です。

 2000/10/03 西エリア初飛び  2016/3/13(sun) 17:48 No32
西ランディング場になんとか降りられるようになり念願の初飛びです。
最初に金井さんと安田がフライト南と違い遥かに飛び応えのエリアに感動し涙が、これまでの苦労が報われた一瞬でした。
その後もランディングの完成が待ち切れず飛んだメンバーが大勢いましたが造成中の掘った大穴に飛び込んで来た強者も
あそこに行ったら駄目と見つめてランディングした結果がこうなりました。

 2000/12/07 安戸ランディング場  2016/3/14(mon) 13:04 No33
当時借地していた小川町と東秩父村との境にある安戸ランディング場を皆で草刈り整備した時です。1000mゲインしてから狙ってもなかなか辿りつくのは難しく途中で引き返したパイロットが多かったですね。

 2000/12/09 完成した西ランディング場  2016/3/14(mon) 13:11 No34
2000年春から開拓し始め8月から造成工事していた西ランディング場がほぼ完成した頃に上空から撮影した写真。

 2000/12/23 安全祈願とクリスマスフライト  2016/3/28(mon) 11:41 No77
西エリアの正式オープンに安全祈願を行い、東秩父白石地区の子供達をランディングに集めてクリスマスプレゼントフライトです。ハーネスの背中にたくさんのお菓子やプレゼントを詰め込み2名のパイロットがフライト上空からお菓子を投下、着地してプレゼントを配りました。地元の子供達が大勢集まって大好評でした。

 2001/01/15 リジットハングが飛ぶ  2016/3/14(mon) 13:19 No35
ハングの時代に西を飛んでいた宮岡氏がリジットハングで飛ぶ。なんと高度を稼ぐ事無く笠山峠を抜け安戸ランディング場まで行ってしまった。なんと滑空比の良いことだろう。

 2001/02/01 西エリアの完成  2016/3/14(mon) 13:41 No36
西エリアの開発着手から15か月工事も完了し、秋から春先まで西風のシーズンが堪能出来るようになり、リッジフライト、サーマルソアリングも盛んに行われるようになりました。南エリアと違ってサーマルも大きく穏やか、海風のように安定した5-6mでのリッジソアリング、そして何より嬉しいのがトップラン出来る事でしょう。
ランディング場は広くはないものの風は素直なバレーウインド。アプローチが周囲に障害物がないのでやさしく狙いやすい。ただ周囲の木々は樹高が高いのでツリーランはしませんように。
この西エリアの開発には莫大な費用と労力が掛かっています。利用する皆さんがエリア愛し大事にしていく心掛けをお願い致します。

 2002/06/20 沖縄フライトツアー  2016/3/28(mon) 13:48 No79
沖縄でも最高級ホテルのカヌチャベイに宿泊。広大な敷地のこのホテル入口ゲートからフロントまで車で走ってもかなりの距離、ゴルフ場、プール、BBQエリア等々がありリゾートそのもの、フロントから部屋までは敷地内を走るカートを借りての移動でした。
フライトエリアがある嘉陽までは車で10分程度のアクセス。
ところがツアー日程全日強風&風向悪しでフライト出来ず、浜辺でのライズアップ練習でした。日中は暑いのでホテルのプールに入ったり観光で楽しみました。

 2002/07/01 現ショップのログハウスを購入  2016/3/14(mon) 13:52 No37
エリアメンバーの深谷氏と市川コーチとの3名でプレハブ倉庫前のログハウス3棟を購入。クラブハウス兼ショップとして整備することになる。
写真は購入直後の状態。建築後年数が経っているのでテラスなど朽ち果てかけている。

 2002/11/21 市川邸全焼  2016/3/14(mon) 14:05 No38
なんと市川邸が薪ストーブの煙突と屋根裏の所から出火して全焼してしまいました。
薪ストーブの燃える火を見ていると確かに良い気持ちなのですが燃えすぎました。
火災保険に未加入だったため ガーン 全損。
スカパーもすかさず保険加入、ショップ内としては邪魔だった薪ストーブ設置スペースを撤去しました。

 2003/01/16 ショップ、テラスの基礎工事  2016/3/14(mon) 14:18 No39
昨年秋より進めていたショップテラスの基礎工事が完了しました。
ログハウスの東面、南面は急こう配の斜面で利用が出来ませんのでログハウスに抱き着けるように基礎を打ち、足場パイプでテラスを作る計画です。
写真はショップ基礎用に打った生コンに足場パイプを保持用に埋め込み、ここからテラスを伸ばします。

 2003/02/03 テラスのパイプ組  2016/3/14(mon) 14:34 No40
パイプの組み立てが順調に進んでいます。東側先端部では地上高が7mもあり、細くて滑るパイプにしがみつきながらの危険な組み立てでした。
設計図無し、基準も取りずらい急斜面への組み付けですから現合合わせの連続です。
縦、横、斜めにトラスを有効に組み強度を持たせるように組み上げました。

 2003/03/20 テラスのデッキ貼り  2016/3/14(mon) 14:45 No41
2月初めから組みあがったパイプの上に2×4材でデッキ貼りを開始して50日
ほぼ貼り終えました。もう安心して歩けます。

 2003/03/26 テラスのデッキ貼り完了  2016/3/14(mon) 14:54 No42
デッキ貼終わりました。後かたずけも終わりスッキリです。
4月7日にはガーデンパラソル、椅子テーブルを設置して、
ちょっとリゾート気分を味わえるように。

 2003/04/23 ショップの床工事  2016/3/19(sat) 16:35 No53
テラス工事が終わったからとのんびりしていられません。
続いてショップの床工事です。
基礎の上に2×4、2×6材で枠組みをして根太張り、床下には断熱材を張り込みます。テラスの山桜が咲き、春です。
確か満開に合わせてお花見会をしました。その時にテラスの上に35人位乗りましたがテラスは大丈夫でした。

 2003/04/26 お花見パーティー  2016/3/28(mon) 13:54 No80
ショップの桜が満開になりました。出来立てのテラスでのお花見パーティー
桜の枝が目線にありました。

 2003/05/22 ログ面の内壁建付け  2016/3/19(sat) 17:00 No55
ログ面の内壁建付け

 2003/05/30 西側の壁から建付け開始  2016/3/24(thu) 12:44 No56
ログハウス側の壁組が終わり、西側の壁パネルから建付け開始しました。
南面のパネルを接続しコーナー部で倒れ防止を図りながらの組み付けです。接続部にはコーキングを施し密閉度をあげました。
6月1日、当時栽培していた椎茸と西ランから収穫したタラの芽で天婦羅パーティーです。

 2003/06/10 南東コーナー壁面と屋根工事  2016/3/24(thu) 12:53 No57
南東コーナー壁面パネルを組み立て。
チョット面倒ですが直角コーナーにせず展望ウインドウ風にコーナーカットにしてみました。
梅雨時に入るので同時進行で西側の天井、屋根の骨組みも進めます。

 2003/06/22 壁パネルが東側まで伸びた  2016/3/25(fri) 20:30 No58
壁パネルが東側まで回り込み天井材の建付け開始しました。
雨が降るとブルーシートで覆う事も屋根が貼り終わるまであとすこしの辛抱です。
何処まで出来たかなー?と蛇さんまで様子を見にきて2階から流しの中に落ちてきました。大物です。

 2003/06/27 屋根まで完成  2016/3/25(fri) 20:45 No59
屋根の骨組みが終わり屋根下地ベニヤを貼り終え防水にアスファルトルーフィングを貼り始めました。これからは雨に濡れず作業が出来ます。屋根から顔を出しているのはログハウスお隣りの福島コーチです。エリアを開発し始めてからは休日はほとんどお手伝いをして頂きました。2016年3月で定年退職するので山で野菜作りに専念するそうです。

 2003/07/05 沖縄フライトツアー  2016/3/28(mon) 14:01 No81
2003年は嘉陽で飛べました。暑い沖縄の空と海、サンゴ礁綺麗でした。

 2003/07/19 天井の断熱材を  2016/3/25(fri) 21:00 No60
お手伝いをして頂きました。発泡スチロールは軽いとは言え上を向いてのはめ込み作業は結構大変なのです。助かりました。

 2003/08/11 天井仕上げ、サッシ取付け  2016/3/25(fri) 21:09 No61
8月3日頃、天井の仕上げに化粧ボードの貼り付け。
11日には窓、ドアのアルミサッシが取付けられショップらしくなりました。

 2003/08/22 内装下地ボード  2016/3/25(fri) 21:16 No62
内装壁の石膏ボードを貼り終えビス頭、貼り合わせ部のパテ補修が終わった段階です。

 2003/09/12 壁クロス貼り  2016/3/25(fri) 21:22 No63
当時スクール生徒のミカちゃんのお父さんが内装工事をしていたので格安でクロス張りをお願いしました。下地のプライマー塗はミカちゃんがお手伝いです。

 2003/09/25 ジュータン貼り  2016/3/25(fri) 21:31 No64
床のジュータン貼り
色、柄、パターンをあれこれ並べ変えて見映えを悩む
最後にはエーイもうこれでいいやで決定。

 2003/10/07 内装完成、そして外壁もショップの完成でーす。  2016/3/25(fri) 21:46 No65
9月25日内装工事全て完了。福島コーチと完成記念写真。スカパーが空中浮遊しているように見えません?この頃はまだ黒髪だなー。
10月7日外壁のボード貼り、雨樋を取り付けて完成でーす。

テラスの基礎工事から完成まで6ヶ月。
ショップが4月初旬に床から工事を始めて6ヶ月。約1年間のショップ製作お疲れ様でした。


 2003/10/13 ショップらしく  2016/3/26(sat) 13:10 No66
ショーケースを並べ商品を陳列いたしました。
いよいよショップオープンです。

 2003/12/06 外トイレを増設  2016/3/26(sat) 13:15 No67
ログハウスの中にトイレが1か所では足りなくなって渋滞解消と土足のままは入れればとの要望からショップ裏側に増設です。

 2004/06/26 沖縄フライトツアー  2016/3/28(mon) 14:09 No82
知念、嘉陽、天仁屋でのフライト。
沖縄は暑い、半端で無い。飛んでいるフライヤーは気持ち良いでしょうが日陰も無い砂浜で上空を見上げての監視は地獄ですよー。

 2004/09/05 一面緑の芝生  2016/3/26(sat) 20:52 No76
芝生を貼って4年、西テイクオフの芝生が綺麗に生え揃いました。

 2007/01/20 リールト―イング練習  2016/3/28(mon) 14:24 No83
この年、アキュラシー世界選手権が凍結した湖上でリールトーイングで行われる事になり世界戦参加者が山形県南陽市に集まり合宿する事に。連盟の仕事との兼ね合いもあり特別に参加させて頂き6本のトーイングを経験する事が出来ました。

 2008/07/11 フェアレディーZのレストア  2016/3/26(sat) 13:31 No68
1970年式(昭和45年)フェアレディーZのレストアを開始していたもののご覧の通りカーシートを掛けているだけでは雨ざらし同然でレストア進行と同時に錆びも進行中。
とりあえずは取り外した足回りから再生に取り掛かりました。
レストア記録のブログを興味ある人は見て下さい。

Fairlady blog http://fairlady.dd-skypark.com/

 2008/07/28 空が燃えていました  2016/3/28(mon) 14:38 No84
堂平上空の夕焼け空、燃えているような光景でした。
しばし雲の動きで刻々と変化する様に見とれていました。

 2009/12/27 ガレージ基礎の製作  2016/3/26(sat) 13:47 No69
フェアレディーZのレストアが進行するものの、さすがにどうにもこうにもガレージが無ければならなくなり製作することに。
先ずは基礎工事から開始です。基礎枠を設置して生コン打ちです。
普通は3寸約9cm程度ですが、高強度生コンで5寸15cmを打ちました。
施工はスクール生徒のモリちゃんにお願い、スカパーも手伝いながら土間コンの仕上げノウハウをしっかり勉強させてもらいました。

 2010/01/20 ガレージ建付け  2016/3/26(sat) 14:05 No70
土間コンが固まり乗れるようになった正月明けから建付けを開始しました。
材料は2×4、2×6、2×8材での組み上げです。屋根は後の利用を考えフラットにして2階のベランダから出られるようにしておきました。
製作途中の写真は撮り忘れこの3枚だけでした。
1月3日 柱と梁の仮組状態
1月11日 天井兼屋根が組みあがったところです。
1月20日 屋根材の25mmコンパネを貼り終えたところです。

 2011/02/13 アチャ―滑りだして―  2016/3/26(sat) 14:34 No71
西エリアランディング登り道路での出来事。
スタックした車を救助しに来たクロ隊長の車がバックで滑り出しそのまま脇の谷川へ
雪道は怖いですね。
チェーンブロック2台を使い無事に救出しました。

 2013/07/07 トルコオルデニズフライトツアー  2016/3/28(mon) 14:59 No85
トルコのオルデニズに行きました。
一生に一度は絶対に飛びたいと思っていたパラの楽園エリアです。
海の傍の標高2000mの山頂からテイクオフ中央写真の海岸へのランディングですからまともに2000mのエーゲ海の絶景を楽しみながらのんびりと約40分のフライトです。
午前中に1本飛び、昼食、休憩、観光、海水浴、プール等各々好きなことをやり夕刻にエーゲ海に映える夕日を眺めての黄昏フライト最高です。
最近はシリアのISの政情不安で近寄り難いですが絶対にもう一度行きたいですね。

 2014/02/17 堂平豪雪  2016/3/26(sat) 14:50 No72
かつて無い豪雪に見舞われました。
1週間後にようやく県道が除雪され県道に車を止めからショップまで歩いて20分ようやくガレージシャッター前に辿りつけました。
ショップ周辺はなんと1.5m近くの積雪です。何処からどうして除雪すれば良いものやら途方に暮れる始末でした。
ハイエースもアストロも半分埋まっています。心配していたガレージの屋根上にも1mを越す積雪です。潰れなくて良かったー。
8日後の28日のテイクオフはまだこんなに積雪がお手上げです。

 2015/01/16 西テイクオフ前の森林伐採許可申請して  2016/3/26(sat) 15:11 No73
15年前はまだ低かったテイクオフ前のヒノキが成長したので寄居林業事務所に伐採許可申請し承諾を頂き伐採が出来ました。テイクオフにも支障が無くなりトップラン進入コースも空域が広がり安全性が高まりました。2014年9月の中央写真と見比べると解りますね。

 2015/09/15 一日中大岩と格闘  2016/3/26(sat) 15:26 No74
何をしているのか?
堂平に縄文石器人現る?
いえいえ及川コーチが西テイクオフ前にあった大岩をハンマーとタガネで少しずつ砕いて除去しているのです。こんな岩が3か所あったのです。
急斜面の下なので重機も使えず人力でやるしかなかったのです。
こんな岩と激突したらと思うと何が何でも取りましょうと頑張って砕いているところです。皆さんの知らないところでのこんな苦労もしていたのです。
エリアの存続には皆さんのご協力をお願い致します。

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